黒猫サンタさんのパン作りブログ

プロのベーカリーと製パン企業のみなさまへ

冷凍したパン生地による生産システムを科学する ~ 冷凍生地製パン法①

  童謡『あさ いちばんはやいのは(阪田寛夫作詞・越部信義作曲)』をご存知でしょうか。

 

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 🎵朝 一番早いのは パン屋のおじさん 汗かいて 赤い顔 白い粉 捏ねる ヨイコラショ ヨイコラショ 

 

 お次は 豆腐屋さん・・・🎵 の後、牛乳屋さん、新聞の配達、と続きます。

 

 この曲ができました頃と時代が変わっても、30年ほど前まではパン屋さんのイメージとしてそれほどの違いはなく、実際の(店舗での)製パン業務を如実に反映していました。

 

 そのような厳しい労働環境に一筋の光明が差し込まれる一助となりましたのが、冷凍生地製パン法です。

 

 実は私が以前の企業に在籍中、工場勤務から中央研究所へ異動となって最初に携わりました課題が、当時まだ発展途上だった、この製法でした。

 

【 目次 】

 

なぜ、パン生地を冷凍するのか

 製パン法にもよりますが、長い時間を要する作り方であれば仕込みから焼成・冷却が完了するまで5~7時間を要することもありえます。

 

 例えば、原材料の計り出しは前日に済ませたとしても、店舗の開店当日に仕込みから始めますと、午前10時の開店時にある程度の品揃えをするためには午前3時頃に起床しての準備が必要となる計算になります。

 

 この過酷な作業条件の緩和が、冷凍生地製パン法の第一の目的です。

 

 例えば、前日に冷凍庫から必要数の冷凍パン生地を取り出しておいて、ドウコンディショナーにセットしておけば、翌日の出勤時には解凍まで済んだ状態で、復温、成形といった工程から始めることができる為です。

 

 この製法であれば、朝6時に出勤しても十分な品揃えを開店までに済ませることが可能になります。

 

 もちろん、簡単にパンができるようになったからと言って、品質が落ちてしまうのでは本も子もありません。

 

 しかし、その製品品質も、原材料、パン製造、製パン機械の各メーカーの企業努力の末、現在はスクラッチ製法と同等程度の品質が確立されています。(その点に関しましては、追って解説していく予定です。)

 

 あと、冷凍パン生地を使用する利点としては、準備する機器類を簡素化できる点も挙げられます。

 

 このことは、店舗を経営していく為には非常に重要な項目のひとつで、初期投資および製パンスペースの抑制を図ることができます。

 

冷凍生地製パン法

 それでは、この冷凍生地製パンとは、どのような製法なのかを解説していきますので、まずは下の工程図を見て下さい。 

 

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 通常の製パン法の中に『冷凍~保存~解凍』といった操作が組み入れられています。

 

 この図では、成形の後に冷凍の工程が組まれていますが、パン生地を冷凍するタイミングは、製法によりまして丸目の後だったり、成形あるいは発酵の後だったりします。

  
 広い目で見るのであれば、今、流行の兆しが見え始めています焼成後冷凍のパンも含まれるかと思います。

 

一般的に、上記のそれぞれは玉生地、成形生地、ホイロ後冷凍生地と呼ばれていますが、次にそれぞれの製法について解説します。

 

玉生地冷凍

 本捏ねミキシング後の分割、丸目を行った生地を冷凍する方法です。

 

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 この玉生地のように工程の上流で冷凍した生地は、解凍後の製品加工のレパートリーが増えますが、作業者にとりましては成形の技術が求められ、作業時間も長くかかります。

 

成形冷凍

 その言葉の通り、生地の成形後に冷凍する製法です。

 

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 この製法での留意点は、分割・丸目後に生地ダメージを修復するための中間発酵を取りません。

 

 パン酵母は、発芽・活性しますと冷凍耐性が極端に低下することが知られている為です。

 

 その意味では、製法はストレート法として発酵の工程を取らないようにします。

 

 なお、作業者にとりましては玉生地よりも取扱いが簡便ですので、より製パンの技術を必要としません。

 

ホイロ後冷凍

 さらに工程が進んで最終発酵を取りました生地を冷凍する製法が、ホイロ後冷凍です。

 

 現在、この製法は対応できます品種がそれなりに限定され、加えて様々な研究や試行が行われています。

 

 ホイロ後冷凍生地では、解凍後の作業時間が短時間で済み、成形冷凍生地以上に簡便(製品によっては、冷凍の状態のまま天板に並べて、すぐに焼くことができるようなパン生地も開発されたほどです)に取り扱うことができます一方、なかなか手を加えて製品に変化を付けることは困難になってきます。

 

 そのような意味では、海外からも進展が最も注目されている技術と言えます。

 

製法の改良

 今では、ほぼ確立されました感のある玉生地冷凍の製パン法ですが、私が研究に取り掛かりました当初では、少し条件がずれるだけで生地がダレる、内相が荒れる、発酵してこない、といった不具合が乱立状態でした。(しかも、焼き上がったパンの品質は、焼き上げた自分でも食べたいと思えない程度のものしかできません。)

 

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 そのような折、私にできることは適正な冷凍条件を探し出すことでした。

 

 機械屋の私が取りました行動は、見ることができないパン生地の内部をコンピューターシミュレーションで見えるようにすること。

 

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 たかだかパンの作り方にコンピューター? と思われるかもしれませんが、私に言わせれば、パン生地の状態変化も分からずに試作の製パンを行う方がよほど不透明な気がしていました。

 

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 私のような人間は製パン業界では希少種でしたから、始めの頃は随分奇妙がられたように思います。

 

 でも、ちゃんとプログラミングをしてあげれば、コンピューターは再現性のある結果を教えてくれますので、研究の進捗に伴って周りの人達も徐々に興味を持ってくれるようになったことが嬉しかったですね。

 

終わりに

 最近の農林水産省の発表では、日本においてパン用に消費される小麦粉量の約10%は冷凍パン生地として製造されているそうです。

 

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 ホールセールの大型製パンラインでは、冷凍パン生地を使用して製造・出荷する製品はほとんどありませんから、小規模の製パンラインや店舗等では、非常に利用されていることが伺えます。

 
 近年ではスーパーマーケットの冷凍食品コーナーでも普通に冷凍パン生地を目にするようにもなりました。

 
 一般の家庭でも、オーブンレンジ等の普及によって、自宅でおいしい焼き立てパンを手軽に楽しめることができるような時代になってきたことを実感しています。

 

 勝手な想像ですが、コロナ禍でパン用の原材料がスーパーの棚から消えるような時代ですから、一般家庭で冷凍パン生地を作っても楽しいのでは・・・。