ちょっとした実験を試みました。
ペットボトルに水を入れてゆっくりと冷やしていき、あるタイミングで取り出して、その水を注いでみると・・・。
滴る水が一瞬でみぞれ状の氷となって詰みあがっていく、このような光景、理科の実験等でご覧になられたことはありませんでしょうか。
それを再現しようとして、ゆっくりと6時間かけて水を0℃まで冷却したのですが、
・・・結果はものの見事に大失敗です、ペットボトル周辺部の一部の水が凍ってしまいました。
そのような失敗体験も踏まえて(私は、へこたれませんよ)、今回はパン生地の冷凍過程で起きている過冷却の現象について解説していきます。
【 目次 】
良好な冷凍条件って
冷凍生地製パン法のシリーズ記事中、冷凍方法についての記述で氷結晶の核を生成させる過程での過冷却といった現象について言及しました。
冷凍障害を抑えてパン生地を凍結させるためには急速冷凍が良いことは、一般的に知られています。
氷結晶の成長以上に早い速度で冷却することで氷結晶の核を発生させることができるからです。
ところが、この急速冷凍という言葉、食品科学の研究者の間でも未だに明確な定義がなされていません。
それほど、面倒なテーマと言ってしまえばそれまでなのですが、30年前とほとんど進んでいないという現状には疑問符が付いてしまいます。
過冷却現象をフルに活用する
食品関係の研究資料には、よく『最大氷結晶生成帯』という言葉が出されていて、『凍結温度~凍結温度-4℃』と定義されています。
要はこの温度帯を早く通過させることが良好な冷凍条件と言われているのですが、過冷却現象が顕著に確認できるケースでは、少し事情が変わってきます。
このような実験結果があります。
丸目後に0℃で冷却した玉生地を、1時間で‐20℃まで庫内温度を低下させる低温恒温庫内で冷凍した時の温度変化です。
玉生地の中心部はよく見る温度変化を描いていますが、上表面近傍の温度は-5℃辺りで一度温度が上がって、その後温度が下がっていきます。
生地の表層近傍のみですが、過冷却が起こっています(この時の庫内温度は-20℃まで下がっています)。
そして次に同様の玉生地を、今度は3時間で‐20℃まで庫内温度を低下させる低温恒温庫内で冷凍してみました。
どうでしょう、玉生地の上表面近傍の温度は-7.5℃辺りまで下がり続け、そして-5℃辺りまで温度上昇していますね。
その時の庫内温度は約-11℃です。
十分な過冷却を起こさせるためには、温度差を小さくゆっくりとした冷凍条件が必要なようです。
数値シミュレーション
コンピューター上でも、このような現象を見ることができます。
温度分布のモデルは、玉生地を上写真の青い点線のようにカットした断面を示しています。
内側の薄い水色の部分と外側の青い部分の間に白い部分が点在していることが分かります。
この部分が過冷却が解消された部分で、その内側がこの時点でまだ過冷却を起こしている部分となります。
過冷却による氷結晶生成のメカニズム
一般的な緩慢冷凍や急速冷凍では、パン生地の凍結温度になった時点で氷結晶の核が生成されて冷凍が始まりますが、過冷却が顕著に起こると凍結温度以下の温度で一気に多くの氷結晶の核が生成されます。
結果、一つ一つの氷結晶のサイズは小さくなり、生地構造の破壊が抑制される結果となることが推測されます。
製パンの結果
探してみたのですが、この実験でのパンの写真は一切公表されていませんでした(グラフやシミュレーション結果のみでした)。
結果としましては、過冷却の影響を大きく受けたパン生地でボリュームがでて、内相も細やかだったのですが、このような文章のみですみません。
本日の反省点
簡単に過冷却現象をお見せできると高を括っていましたが、失敗しての反省の弁を。
過冷却には、冷やすもの全体を未凍結の状態のまま凍結温度以下にする必要があります。
つまり、-25℃で未凍結の状態を維持することが叶わないのであれば、-8~-5℃程度の冷凍庫が必要でした。(今回は、ペットボトルにプチプチを巻いてゆっくり冷却させましたが、それでも局所的には随分低い温度にまで下がってしまいましたようです)
そして、冷やす液体も浄水器の水ではなく、塩や砂糖といった多成分系の液体の方が凍結温度が下がりますし、炭酸水のようなものであれば加圧状態にもできます。
しっかり反省して、次のテストの糧にしていければ、この失敗も無駄ではなかった、と都合よく自分を慰めています。
まとめ
・ 発酵等による状態変化を起こさない肉や魚等の食品類を冷凍保存する場合、買い物から帰宅されて一度チルドで0℃程度に温度を下げてから冷凍する方が氷結晶の核を多く発生させられる為、良好な条件で冷凍できると考えられます。(冷凍の際、できれば金属製のトレーを使用してください。)
ご参考までに、JAS法(日本農林規格等に関する法律)と JIS(日本産業規格 昨年の2019年日本工業規格から名称変更) 9607(冷蔵庫の規格)では若干定義が異なるのですが、冷蔵は10℃以下、チルドは0~5 ℃、氷温は-1℃付近、パーシャルは-3℃付近となっています。
・ パン生地の場合は0℃への冷却過程で発酵が進んでしまいますので、丸目・成形後にはすぐ冷凍を行います。
過冷却の効果を最大限付与させたいところではありますが、実際には現実的ではないように思われます。
あまりに冷凍の時間が掛かり過ぎるためです。(上グラフでは、パン生地全体が凍りきるのに3~4時間掛かっています、通常なら1時間程度の操作が、です。)
しかし湯種製法も最初は現実的ではないと思われていて、それでも今では一般的な製法になっていますので、もしかしたら過冷却製法も未来には一般的な製法になっているのかもしれませんね。