パンの焼成工程でほぼ共通して必要とされるのが、焼成初期の強い下火(生地底面からの加熱)と言われています。
パンを焼く時の下火で生地へ伝わる熱の形態は伝導しか考えられませんが、オーブンの選定や使い方でその熱量は大きく異なってきます。
今回は、オーブンの形式や焼き方で、どのようにパン生地へ熱が伝わっていくのか、そしてその効果について解説したいと思っています。
【 目次 】
デッキ式オーブンの下火
ここではイメージしやすい様にパン生地は天板もしくは型に入れられて焼成するものを考えます。
バゲットのようなハースブレッドでは直焼き(じかやき)で焼成する製品もあるのですが、それに関しましては最後に少し触れていこうと思っています。
デッキ式オーブンのように、炉床に石質板を有するタイプでは炉床が保有している熱量が急激に天板へ流れ、急速に生地底面の温度が上昇します。
生地底面の温度が上昇しますと、発酵工程で生成されました炭酸ガスが溶出したり、アルコールが蒸発したりしてオーブンキックと呼ばれます体積膨張が生じます。
このオーブンキックは生地上面が糊化で固まらない内に充分な作用をさせることで、効果的なボリュームアップを図ることができますので、そのような意味ではデッキ式オーブンのような炉床はボリュームのあるパンを焼くのに適したオーブンと言えます。
下火の温度コントロール
下図で、オーブン内に生地が投入されたことで温度センサーが温度の低下を感知し、ヒーター電源が入った状況から推測してみます。
最初に①ヒーター温度が上がり、続いて②そのすぐ上部の空間が自然対流で加熱されますが、ほとんど変わらないタイミングで②炉床の底部も輻射熱で加熱されます。
続いて③炉床下部の空間が暖められて、温度センサー位置の温度が設定値に達し、ヒーターの電源が切れます。
炉床の材質と空気とでは[比熱×密度]の値が2000倍ほど違いますので、一度パン生地に流れた熱量を補充するには、随分時間が掛かることが推測できます。
焼成終了までには炉床の温度も設定値へ復帰しますが、焼成初期の段階でどれだけの熱量を炉床が持っているかで、焼成初期の下火の効果はほぼ確定することをお判り頂けましたでしょうか。
コンベクション式オーブンの下火
縦に数段並べて焼くことができるコンベクション式オーブンでもパン生地は天板から熱を受けますが、デッキ式オーブンと比較しますと、随分、状況が変わってきます。
コンベクション式オーブンでは炉内の熱風を媒体として熱をパン生地へ伝えますので、パン生地が並べられている天板より熱容量の低いパン生地の方が先に温度上昇します。
つまり生地内部の炭酸ガスやアルコールが体積膨張を起こそうとしても表層のパン生地の方が既に糊化して伸びない状態も起こり得ます。
それでは、コンベクション式オーブンではボリュームのあるパンは焼けないのでしょうか。
いいえ、そのようなことはありません、層状の部分が縦方向に伸びていくデニッシュ等のペーストリー類や型で熱風が遮断されています食パン等の製品は問題なく、ボリューミーな製品を焼くことができます。
また、あんパンやバターロールのようなソフトなパンを焼成する場合には、最終発酵を少し長めに取ったり、(機能があれば)風速を落としたりして対処します。
ただ、オーブンのタイプによって加熱の特性が変わってきますので、得手不得手があるといった感じでしょうか。
誤解のなきよう、デッキ式オーブンでもコンベクション式オーブンでも一通りのパンは焼成できます、焼成できますが、あくまでも特徴があるという事です。
下火の温度コントロール
前述の通り、コンベクション式オーブンでは下火の設定がありませんので、温度や風速を調整しますと下火と上火は同時に変化します。
オーブンでの独立した下火のコントロールは難しいのですが、天板の材質をスチール⇔アルミと変えることで、上火と下火のバランスを調整する方法もあります。
伝導によるパンの焼け方
パンを焼成する際の理想的な生地底面の温度履歴は、一気に炭酸ガスの溶出やアルコールの蒸発が起こる70℃以上まで加熱して、その後は徐々に加熱しながら160℃以下の温度をキープする・・・。
(すみません、写真がどら焼き焼成機となっていますが、こちらの方が分かり易いかと思いまして・・・)
生地が金属板に接しますと、生地の温度が急激に上昇する一方で、金属板の温度は急激に低下します。
生地と金属板の温度は、互いが同程度の温度になるまで近づいていきますが、焼成中はけっして温度が逆転することはありません。
そう考えてみますと、天板にパン生地を並べてデッキ式オーブンで焼く方法は、その温度履歴に近い条件を容易に造り出すことができます。
一方、コンベクション式オーブンでは天板を対流熱で加熱しなければならず、パンの外観形状が大きく変化する焼成の初期に、パン生地底面から押し上げる効果は見込みづらいと考えられます。
先の上火の解説の記事で出しました生地温度の推移のグラフに、上図の通り、下火の温度を加えてみました。
直焼き(じかやき)
近年、石窯パンが人気を博しているようですが、この石窯オーブンも下火には特徴的な性質があります。
材質としての石は金属と比較して比熱が大きく、オーブンを製作した場合、炉床の重量当たりの熱容量を大きく設計することが可能です。
その石窯を使って焼成する製品はハースブレッド・直焼きパンが多いのですが、これまでの記述にありました天板のような中間で熱を伝えるものがありませんので、まさに一気にオーブンキックの温度を超えて上昇します。(ですから、バゲットを直焼きで焼成しているところを縦方向から見てみますと、まん丸に膨れているところが見られます。見ていておもしろいですよ!)