黒猫サンタさんのパン作りブログ

プロのベーカリーと製パン企業のみなさまへ

パン生地の冷凍方法を科学する・凍結速度編 ~ 冷凍生地製パン法②

 前々回の記事で冷凍生地製パン法についてガイダンスの解説をさせて頂きましたところ、非常に多くのアクセスを頂きました一方で、以前の冷凍生地に関します拙(つたな)い記事すべてを下書き状態に戻しましたことから、随分、Google やYAHOOからの検索件数が減少してしまいました。

 

 2年近く前にブログを始めたばかりの頃のなんとも分かり難い記事に、今でもアクセス頂けていましたことに感謝しますと共に、できるだけ早い時期にリライトして情報提供を復活させていきたいと思っております。

 

【 目次 】

 

パン生地を冷凍する際に考慮するパラメーター

 冷凍生地製パン法が脚光を浴び始めたのは35年ほど前になり、私も30年ほど前からこの製法の研究に携わっていました。

 

 当時は、今のような冷凍耐性のパン酵母がちょうど研究されている真っ只中で、ボリュームが出たり出なかったり、形状がしっかりと高さが出たり横に這ったような形になったり、で試行錯誤の連続です。(下の写真の山形食パンは再丸目をすることもあって、大きな違いが分かり難くなっています、すみません)

 

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 パン生地への冷凍障害のメカニズムは、また別の機会に詳細を解説するとして、ここではパン生地を冷凍する際の操作方法に視点を移します。

 

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 上図のように、冷凍生地の製造サイドとして気を付けるべき点は『凍結速度』と『最低到達温度』の2点にほぼ集約されますので、その内今回は凍結速度について解説します。

 

急速冷凍と緩慢冷凍

 冷凍庫で食品を冷凍する際、急速冷凍とか緩慢冷凍といった言葉を聞くことがあります。

 

 食品を冷凍する際の速さである凍結速度に関しましては、急速冷凍を行うことでパン生地中の水分の結晶化を抑えて、生地の構造破壊を防ぐとされ、推奨されています。

 

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 ところが、この急速冷凍とか緩慢冷凍とか、凍らせる時の速さを意味するのですが、正確な定義を私は知りません。

 

 といいますか、いまだに学会でも冷凍食品の通例として、食品の中心部の温度を測り、最大氷結晶生成帯と呼ばれます、[凍結温度]~[凍結温度-3℃]の温度帯を極力早く通過させる、といった表現に留まっている具合です。

 

生地構造を破壊するメカニズム

 食品を急速冷凍させる理由は、主に凍結時に生成する氷結晶の成長を抑えるためです。

 
 氷結晶の成長が、水分を含む食品の構造を破壊してしまうからです。

 

 食品が冷凍する際、大なり小なり過冷却という現象が起きます。

 

 凍結温度以下であって凍っていない状態の水を平板に垂らすと氷の柱ができるような映像を見たられことがありますでしょうか。

 

 寒い日の朝、池に瞬時に凍結した氷の跡が連なる『御神渡り』という現象も過冷却によって発生します。

 

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 食品中の液体は、温度が凍結温度以下になりますとある確率で氷の核が発生します。

 

 そして、発生した氷の核は更に熱が奪われることで結晶のサイズを大きくして成長していきます。

 

 しかし、急速に冷凍しますと、氷の結晶の成長の速度が奪われます熱量に追いつかず、さらに新たな核を発生させることになります。

 

 つまり、急速に食品を冷却させることによって、氷の結晶の核の数を増やすと、大きな結晶に成長しないようになるわけです。

 

 では、急速に冷凍させるとは具体的にどのような操作になるのでしょう。

 
 すぐに思い浮かびます方法は『低い温度で冷凍させる』ということではないでしょうか。

 

 けっして、間違っている訳ではありませんが、このひとつのファクターに囚われることなく、次に適正な冷凍条件を導き出したいと思います。

 

またまた数値シミュレーション

 前回に解析モデルだけ示しました、コンピューターによります数値シミュレーションにつきまして、まずは信用できるの?、といった事の説明から。

 

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 こちらは、実際に食パン用の玉生地を冷凍した際の中心部の温度変化を実測値とシミュレーション結果で比較したものです。

 

 そこそこ、再現できていますよね。

 

パン生地冷凍の実験

 そして、ここでは実験のファクターとして玉生地を載せるトレーの材質を変えて、冷凍した条件で計算結果を比較します。

 

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 冷凍庫の温度は同じながら、ひとつは一般的なアルミのトレー、そしてもうひとつは普通ではありえない発泡スチロール製のトレーを用いています。(上図は、冷凍を始めてから生地の一部が凍り始めたタイミングの温度分布を示しています)

 

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 計算結果からは、生地内部のすべてのポイントで凍結した時間が計算で求められます。

 

 アルミトレーを使用した方は生地の上の方が最終的に凍ることと比較して、発泡スチロールトレーの方はトレーと接している下部近くが最も凍るまでに時間が掛かっていることが分かります。

 

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 さて、凍るまでの時間を計算で求めました、そしてメッシュ間の距離も分かっています、距離を時間で割るとなにが求められるでしょう。

 

 (距離÷時間=)そう、速度です、自動車の走る速度と同じ次元の単位[m/s]の数値が得られます。

 

 上のグラフではパン生地の内部で凍結速度が一様でないことも分かるのですが、実はもうひとつ大事なことも教えてくれています。(詳細を説明するのは・・・ですので、後述の結論だけでご容赦下さい)

 

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 しつこいようですが、急速冷凍は食品の冷凍にとって確実に有効な手段です。

 

結論(のひとつ)

 パン生地を冷凍する際、非常に重要なファクターのひとつはパン生地を載せるトレーです。(前振りが大層だった割りには、結論は至ってシンプルでしたね~!)

 

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 パン生地はトレーからの伝導熱で急速に冷却され、トレーの熱伝導率が高ければ、生地の載っていない部分は冷却フィンの役割をします。

 

  断っておきますが、低い温度で冷凍することも冷風をパン生地に充てることも有効です、けっして否定するものではありませんし、パン生地を凍結させるのですから-25℃くらいの温度はあった方がいいと思います。

 

 ただ、パン生地の最低到達温度を考慮した場合、低過ぎる冷却温度はパン生地に冷凍障害を与えることが分かっていますので、その点だけ注意が必要です。

 

 過去に間違った結論を導きました研究者の方もいらっしゃる程ですので。

 

 ところで、工夫すれば低過ぎない温度で速く凍らせる方法はいろいろとありますよ。(結構、楽しめます)

 

あとがき

 新型コロナの影響で、家庭でのパン作りもずいぶん機会が増えた様子です。

 

 スクラッチで粉からそのまま作るのも楽しいのでしょうけど、一度に大量のパンができてしまうのであれば、生地の一部を冷凍する手もあったり、と思ってしまう次第です。

 

 次回(ブログの記事としては、おそらく次々回)は、パン生地の冷凍方法におけます留意点の内、もうひとつのパラメーター:最低到達温度に関して解説する予定です。