黒猫サンタさんのパン作りブログ

プロのベーカリーと製パン企業のみなさまへ

パン生地の冷凍方法を科学する・最低到達温度編 ~ 冷凍生地製パン法③

 コロナ禍で、家庭でパンを作る機会も増えたとの報道もなされていましたが、よりお手軽にパン作りを楽しむことができる、冷凍パン生地を試される機会は今後増えていくのでしょうか。

  

www.santa-baking.work

 

 前回の記事ではパン生地を冷凍する条件におけます凍結速度の影響に関しまして解説していますので、今回はもうひとつの要因である最低到達温度について、パン生地へ及ぼすメカニズムとパン生地が損傷を受けないための対処法に関して紹介していきたいと思います。

 

【 目次 】

 

最低到達温度とは

 私が冷凍パン生地の仕事に携わり始めた頃、パン生地の冷凍障害に対する主な物理的要因は、既に最低到達温度と凍結速度であろうことが指摘されていました。

 

 その最低到達温度ですが、これは文字通り、パン生地の冷凍・保存・解凍の中で、各部位の最も下がった時の温度を指すものです。

 

 なぜ、そのような温度履歴が必要になってくるのでしょうか。

 

冷凍障害

 それは既に冷凍耐性酵母が開発された現在であっても、パン酵母は菌種に固有の失活温度を有していて、その温度を下回った時点で大きく酵母の活動が阻害されるためです。

 

f:id:santa-baking:20200624072645j:plain

 

 このグラフをご覧下さい。(ずいぶん、昔のデータです。現在のパン酵母については後述をご参考に)

 

 冷却の条件を変えて冷凍したパン生地の解凍後のガス発生量を示したものです。

 

 パン生地は、すべてのテスト区で同様の-10℃で冷凍した後、それぞれ横軸の温度で①1時間、②6日間、の時間を保存しています。

 

 見てお分かりの通り、たった1時間の保存でさえも、-17~-20℃の温度帯を下回ったテスト区では大きくガス発生量が低下しています。

 

 ここで注釈なのですが、ガス発生量は顕著に(20%程度)低下していますものの、ゼロにはなっていません(80%程度はキープしています)。

 

 つまり、人に依りましては-20℃以下でも冷凍できるという人もいれば、できないと判断する人も出てくる状況です。

 

 後述で、天然酵母についても触れていきますが、人の判断基準はそれぞれですので、生地中の文章表現につきましてはご容赦頂くところがあろうかと思います。

 

冷凍障害を抑える対処法

 ところで冷凍工程後のパン生地を見るにあたって、厄介なのは冷凍された後のパン生地は現時点に至るまで、どのような温度の下に置かれていたのかが、外観からはまったく分からない事です。

 

 下の数値解析結果のモデルは、玉生地を冷凍する際におきまして、最初に一部が凍り始めた時と最終的に生地全体が凍り終わる時の内部の温度分布をシミュレートしたものです。

 

f:id:santa-baking:20200624064114j:plain

 

 パン生地のすべての部位が辿ってきた温度履歴が分かれば、そのパン生地が障害を受けているかいないかの判断ができるのでは、との期待が掛かります。

 

 『だったら、面倒なことはしないで、-15℃で冷凍すればいいんじゃないの?』と思われるかもしれませんが、それでも少しでも急速冷凍したいですよね。

 

 という訳で、ここでは異なる温度の冷凍庫2台(もしくは異なる温度のゾーンを持つ連続式冷凍庫)を用いて、パン生地を冷凍する方法を考えてみます。

 

f:id:santa-baking:20200624072729j:plain

 

 ここでは、シミュレーションの条件として、初めは-40℃で冷却していき、生地の一部が-15℃を下回りそうになった時点で、その生地温度をキープできる冷凍庫の温度を逆算するというものです。

 

 どうですか、結構シンプルにタイミングを見計らって-40℃から‐15℃へ温度を変えればOKといった結果となりました。

 

 下のグラフは、また別の設定でのシミュレーション結果ですが、少し小さめのパン生地を-40℃⇒-10℃の温度で冷却する際、-10℃に替えるタイミングをずらした時に最低到達温度の記事中の分布がどのように変わってくるかを求めたものです。

 

f:id:santa-baking:20200624072755j:plain

 

 その条件に従って焼いたバンズの断面が下の写真で、a)~c) の条件はそれぞれに併記しました。

 

f:id:santa-baking:20200624072825j:plain

 

 そこそこ凍結速度が早く、最低到達温度の条件もクリアできているテスト区(c) では、ボリューム・内相共に良好です。

 

 この中では一番凍結速度が早いながらも、最低到達温度がほぼ全体で失活温度を下回っているテスト区(a) では、ややボリュームに欠け、内相も荒れ気味です。

 

 そして凍結速度はa)とc)の中間で、最低到達温度がほぼ全体で失活温度を下回っているテスト区(b) では、ややボリュームに欠けることに加えて、外観も高さが出ず、内相も非常に荒れています、中途半端はダメという事ですね。

 

現在のパン酵母の性能

 冷凍生地製パン法の普及が進む中、パン酵母も大きく進化します。

 

 近年では冷凍生地に使用されているパン酵母には、失活温度が‐30℃を下回るような菌種も開発されており、現在の品質の向上に寄与しています。

 

 一般的な単段式の冷凍機は冷却できます下限が-40℃程度となっていて、-30℃程度で運転されているのが一般的ですし、家庭用の冷凍庫は‐25℃程度の設計となっていると思いますのでパン酵母さえ選べば、容易に冷凍生地を作製することは可能です。

 

f:id:santa-baking:20200624072904j:plain

 

 最近でこそ減りましたが、以前はいざ使おうといった時に全然発酵してこないといったトラブルが頻発していました。

 

 上の写真ですが、そのような冷凍障害を受けた生地を焼き上げた際に見られます、梨肌という現象です。

 

 フィッシュアイとも呼ばれます、このようなパン表面の白いツブツブ模様ですが、失活しましたパン酵母から漏洩する還元物質によって引き起こされることが分かっています。

 

課題

 パン酵母は発芽・活性化しますと、著しく冷凍耐性が低下することが分かっています。

 

 中種法の冷凍生地が難しいのも、そのような理由に取るものです。

 

 そのように考えてみますと、天然酵母は一般的に活性化した状態で製パンに使用すると思いますので、普通に考えますと冷凍耐性は見込めないのでは、思われます。

 

 ホシノ天然酵母のパン種は、『冷凍はできませんのでご注意ください。 パンが膨らまない可能性があります。ご使用にならないで下さい。 』と、ありました。

 

 しかしながら、冷凍・解凍後の生地に小麦粉と水を掛けたすことで、天然酵母の活性が復活したという記事も読んだことがあります。

 

 まだまだ、分かっていないことは多いのだと、痛感させられてしまいます。

 

まとめ

1.パン酵母の障害による失活は、『冷凍すること』ではなく『酵母毎の失活温度以下に冷却すること』によって生じる。

2.良好な冷凍条件とは、低過ぎない温度で急速に冷凍すること。(無茶を言いますが・・・)

3.最近では、-30℃以下でも失活しないパン酵母が開発されている。

4.発芽して活性化している酵母は、冷凍耐性が著しく低下する。(詳細は、不確定な部分が多い)

5.従って、現時点で良好な冷凍生地の製法としては、生イースト、ドライイーストを投入直後にミキシングしたストレート法が主流。

6.天然酵母については、一般的に活性化した状態で使用するケースが多いため、冷凍には不向きと考えられるが、冷凍生地での見解は現時点で十分に得られていません。