黒猫サンタさんのパン作りブログ

プロのベーカリーと製パン企業のみなさまへ

おいしくパンを焼く技術 ~ オーブンの上火・輻射と対流

 パンは焼く工程を経ることで、その製品品質の大部分を確定させます。

 

 それ故、パンにとって焼成という工程は最重要な工程のひとつと言えます。

 

 焼くという操作には、装置や設定といったいろいろな面からの解説が必要になってくるのですが、シリーズで解説していく中で、今回はまず熱を加えるといった基本的なところから押さえていきたいと思っています。

 

【 目次 】

 

パンの種類にあった焼き方を

 私は生業(なりわい)としてパンと向き合いながらも主に熱工学に携わってきましたので、前回シリーズの生地冷凍の他、ミキシング工程の発熱・動的物性、発酵工程の温湿度制御、そして焼成での温度と熱流束、等々とデータの取り方も多岐に渡ります。

 

 とりあえず菓子パンを焼く時の上火を考えてみます。

 

 ここにふたつの菓子パンがあります。

 

アンパン

 

 ひとつは、ソフトな触感が好まれるあんパンで、側面のホワイトラインがおいしさを演出しています。

 

クロワッサン

 

 そして、もうひとつはクロワッサンで、サクッとした食感が大人気の定番商品です。

 

 これらのパンは、どのようなオーブンを使って、どのような設定をすればいいのでしょうか、となるのですが、一般的にはそれなりの修業を積んで技術を習得する方法が挙げられます。

 

 ですが、言い方を変えれば、どのように熱を加えて生地温度を上げていけば、希望する品質を得ることができるのでしょうか、という表現にもなります。

 

 そんな、とてもパン屋さんとは思えない言い回しでこれからのストーリーが展開していきます。

 

熱の伝わり方

 理科の授業で、熱の伝わり方にはレンジ加熱のような特殊な例を除いて、伝導、対流、輻射という3通りの形態があることを習われたと思います。

 

パン オーブン

 

 今回テーマとして取り上げていますオーブンの上火には、この内、輻射と対流が大きく関係してきます。

 

対流 輻射

 

 オーブンとは食品を収める空間を持った加熱機器のことで、輻射熱と言いますのは、その容器の内側の壁から電磁波として食材に伝わる遠赤外線等による加熱のことです。

 

 パン生地の上面は仰角が広く、たくさんの熱を受けますが、側面に近くなってきますと仰角が狭くなり、受熱量が下がります。(a>b)

 

 あんパンや日本式のソフトな菓子パンに対して、側面のホワイトラインを作るのに適しています。

 

 一方、炉内の空間に存在する空気を媒体として加熱する形態が対流熱です。

 

 空気の流れにもよりますが、均等に空気が接触していれば、パン生地の部位に関係なく、同程度に加熱します。

 

 ペーストリーのように全体を均等に加熱する製品群に適した熱源です。

 

熱流束の測定結果

 さて、ここに食パンを対象としたものですが、輻射が主体のオーブンと対流が主体のオーブンでそれぞれ焼成した時の熱の流れ方(熱流束)を測定した結果があります。

 

 横軸は、食型の上面の温度です。

 

オーブン 熱流束

(画像提供:三幸機械株式会社)

 

 対流熱は加熱するパンの温度が上がってくると、それに伴って直線的に熱の流れが低下してくるのに対し、輻射熱はそれほど大きく熱の流れが低下しません。

 

 この結果が、どのようにパンの焼成に影響するかを次の項で解説します。

 

輻射という加熱方式

 輻射伝熱は、遠赤外線効果に代表されるように電磁波として食材に照射されて加熱をします。

 

 最近では、石窯パンといったカテゴリーの商品も数多く市場に出回っていますが、この輻射伝熱(遠赤外線効果)を謳っているケースが大勢を占めます。

 

 それでは、輻射主体のオーブンとはどのような機種のことを言うのでしょうか。

 

 店舗のパン屋さんでよく目にする、炉床に天板や食型を並べて焼成するタイプのオーブンをデッキ式オーブンと呼びます。

 

 構造は至ってシンプルで、レンガを組み立てて作る石窯オーブンの延長と考えてもいいでしょう。

 

輻射によるパンの焼け方

 輻射による加熱の強さは、熱源となるヒーターや壁面の絶対温度の4乗に比例します。(これをステファン-ボルツマンの法則といいます。)

 

 

輻射 パン

 

 ただ、この説明を聞いて、そうか、こんな風にパンが焼けるんだぁ、とイメージできる人は正直少ないのではないでしょうか。

 

 上の図を使って、説明しましょう。

 

 パンを焼いていく工程において、パン表面の温度が上昇すると熱源との温度差が縮まって熱移動量が減っていきます。

 

 しかしながら、パンの表面温度の上昇と共に熱移動量が減少するものの、その割合は緩やかな曲線となっています。

 

 つまり、焼き始めの頃の加熱が、焼成の後半になってもあまり低下することなく継続することが示されています。(よって、生地温度は安定して上昇し続けます)

 

対流という加熱方式

 対流は、更に自然対流と強制対流とに分けられますが、一般的に対流式といった場合は、概ね強制対流を指します。(そう言われてみると、自然対流式のオーブンって聞いたことがないですね。)

 

 この方式はコンベクション式と呼ばれ、炉内に撹拌用のファンが取付けられていて、ヒーターは直接パンに作用する訳ではなく、媒体である空気を加熱します。

 

 家庭用のオーブンレンジでも2段式の機種があるように、この方式のオーブンは空気さえ送風することができれば、複数の段積みで焼成することが可能です。

 

対流によるパンの焼け方

 対流による加熱の強さ(熱伝達係数といいます)は、パンの温度の上昇と共に直線的に減少してきます。

 

 つまり、焼き始めの頃の加熱は比較的強いのですが、焼成の後半になってくるとパンの表面温度が頭打ちになって上昇が鈍くなってきます。

 

 このことは、何を意味するのでしょうか。

 

対流 パン

 

 パンの品質に影響する焼色と水分蒸発量を考えてみますと、表面の温度が大きく上がってこないということは着色の速度も大きく上がることはないことを意味します。

 

 つまり、安定した濃さの焼色に仕上げ易いことが分かります。

 

 一方、水分については着色の反応で使用される温度帯(140~150℃)でも十分に蒸発できる状態になっています。

 

 サックリした食感が特徴的なクロワッサン等を焼成するのに適した熱源と言えます。

 

補足

 ところで、熱せられた空気がパンに当てられて焼くわけですが、ここにはもうひとつ風速というファクターが存在します。

 

 風速は、その1/2乗(√:ルート)に比例して、熱伝達係数に寄与します。

 

 つまり、風速を上げれば、同じ温度でも強く加熱することができるのですが、どこまででも高くすればいいというものではなく、効率を考えて使いましょう、といったところが結論となります。

 

生地の温度を測定してわかること

 いろいろな文献を調べてみますと、日本パン技術研究所から下図のようなポイントを測定した案件が掲載されていました。

 

パン 温度測定

 

 そこで、この内、オーブンの上火に大きく影響を受ける①生地上面の温度を輻射と対流のケースで対比してみます。

 

パン 温度グラフ

 

 前述のように輻射加熱では赤色のラインのように比較的安定した温度上昇を続け、対流加熱では初期の温度上昇が著しいものの、途中から伸びが抑えられます。

 

 水分の蒸発量は、100℃を超えた斜線の面積と高い相関がありますので、輻射加熱(赤の斜線のみの部分)対流加熱(青の斜線のみの部分)の共通部分を除いた単色の面積部分の比較で、それぞれの水分蒸発に影響する程度を推して知ることができます。

 

 対流加熱でより多くの水分を蒸発させることで、デニッシュ類のあのサックリ感を効果的に出すことができる訳です。

 

 

※ なお、デッキ式でもコンベクション式でも、一通りのパンは焼成できますので、誤解されませぬよう。あくまで、特性について解説しています。